ドキュメンタリー
吉田直哉続き。立花隆との対談。
立花「吉田さんがお作りになった番組で日本のやくざを取り上げたものがありましたね。
僕がびっくりしたのは賭場で札束が飛び交う場面なんですね。」
吉田「あれこそ了解の上です。警視庁もですね、金が本物でなければいいと。
ばくち打ちたちも、本物でやったら俺達パクられるからと。金は実際にはやりとりしなくて、
俺たちの金じゃなく小道具としての金だったらいいと。それでNHKから持っていった。」
立花「そうですか。いくらくらい?」
吉田「40万です。小道具ならいいということで夢中になって集めて。嘘だなんていう
"ごっこ"だなんていうのは忘れちゃって夢中になって。
それで終わって回収したら20万もないんですよ。18万くらい。
それじゃクビになりますから必死になって"返してください"と。
"俺たちを泥棒扱いするのか"と言われたけど、親分の一人が可哀想だと思ったらしくて
"金って変なところに入ってるねー"とか言って懐から金を出して。
"座布団の下にも入ってた"とか言って。それで戻ったんです。」
立花「それは今で言う"やらせ"そのものですよね。」
吉田「ええ、各方面全部了解済みっていうか。」
立花「今だったら"これは再現です"とか断りもなしにあの場面を放り込んだドキュメンタリーは放送できると思いますか?」
吉田「そうですね、今だったら"またやらせ"とかですね。"30何年前からやらせ"とかですね、また一面トップになりそう。だけど、それは僕は情けないと思うんですね。
あの頃はそれはそれで楽しむ文化があったんですよ。あえて文化と言いますけれども。
実写として。それで"どうやって撮ったんだろう"なんてのは枝葉末節でしてね、
ちゃんとテーマを汲み取ってくれるっていうか。」
立花「僕はね、あの当時の視聴者でそういう分かり方をするのはほんの一部でね、
大部分の人は"NHK凄い事やったんだ"って、ああいう本当にその場に入っていって、
裏の了解なんてあるとは思いもしないで、そのままに受け取った。
そういう人達が大部分だったんじゃないでしょうか。」
吉田「…そう…言えばですね、ドキュメンタリーのそもそもの歴史が全部それなんですね。
70年前にフラハティが実写映画からドキュメンタリー映画といわれる"極北の怪異"
エスキモーの生活ですね、それからアラン島の人々の生活とかやりだしたときに、
既に再現というか、今の言葉で言うとやらせ、そういう部分の再現を皆やってるわけで。
その時に「いけない」って大合唱があったら、このジャンル壊れてたわけですね。」
吉田「欧米と日本のドキュメンタリーの違いというのは、向こうの方は限りなく
フィクション、ドラマの方に近いんですけど、こっちは非常に、どんどん小さくされていく、
僕はその危険をですね、もっとルーズにして"作品がよければいいじゃないか"ってメッセージが…メッセージもないものを弁護してるんじゃないんです。
メディアの表現手段はもっと多様性があっていいじゃないかっていう。
僕にとってドキュメンタリーとは何かっていったら"全部現場にいました"っていう誇りですね。唯一誇れるのが。それで、表現に誇張があろうが控えめ過ぎようが、全て僕が現場で判断したっていう。」
今野勉
「吉田さんは"どこまでがやらせなんですか"と聞かれることがあるらしいですが、そうするとですね「全部です」と答えるんです。頭にきてたんですね。
つまり"ありのままに撮る"とか"あるがままに人間がカメラの前で行動する事はありえない"と。だけどそれは嘘とは違うだろと。そういう事を言いたいためにですね
"全部やらせです"とわざと答えるんだと。そこに吉田さんのドキュメンタリーへの許容度が
かなりあって、それで、日本が多少不幸だったのはですね、吉田さんも言ってましたが、
ヨーロッパでは再現というのは(?ストラクション①)と言って、それも"ドキュメンタリーである"と実写もそうですけど、事実に忠実に再現すればそれは(①)であると、みんなで集まって定義をしたんですよ。それが日本にちゃんと伝わってこなかった。
まあヨーロッパがそうするから日本もそうするという必要もないんですけど、なんか非常に日本は生真面目にですね、ドキュメンタリーを考えすぎて。
それが吉田さんにしてみれば非常に面白くないと。
もう少し自由で、何を伝えるか、何が伝わったか。それが真実かどうかをまず
考えなくてはいけないということをずっと言ってきたわけですね。」
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